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2017.06.26 NEW!

ADHDの患者さんの来院数がどんどん増えてきています。かなり以前のことになりますが、「成人期ADHDについて」の注3)で強調しましたADHDイコール遺伝性の障害というレッテルに対するアンチ・テーゼとしての環境因子の重要性についてですが、今般日本精神神経学会におけるマウントサイナイ医科大学の森下博文さまとジョンズホプキング大学の石塚公子さまの発表を聞きまさに我が意を得たりと膝を叩きました。特に森下先生の発表は臨界期critical periodeの異常あるいは臨界期における環境因子の重要性が説かれており、悪しき環境が神経網の発達に悪影響を及ぼすことがエビデンスとして述べられていました。お二人ともいわゆるポスト・ゲノム、遺伝子宿命論に対するエピジェネティックスの領域の先端的研究に従事していらっしゃいます。環境因子についていえば、これはそれぞれの患者さんが異なる環境のもとに育ってきたわけですから、ステレオタイプな対応では絶対だめなはずです。薬物の種類には限りがありますし、薬物療法にのみ重点を置く治療ではお話になりません。ある程度の類型化は必要でしょうが、いわゆるオーダー・メイドのサポートにつきます。改めて申上げますが、生活習慣の改善、トレーニング(こちらこそオーダー・メイドが最適です)をないがしろにしては絶対だめです。
(2017.06.26)


現在、安西 愈著「労働者の過失相殺」(労働調査会刊)という本を読んでいます。事例が豊富でほとんどが労働災害のケースですが、参考になる記述が多く、日頃当医が思うことも重ねてここに認めます。
労災とか民事訴訟とかは自分には縁がないものとほとんどの方は仰るでしょう。当医に受診なさる患者さんにおいてもその様なケースは寧ろ例外的です。
説明の順序としてまず申上げとくべきことは、最近はまっとうな会社ですと、人事労務担当者は安全配慮義務、不当行為(前者は債務不履行に関連する民法大418条によって規定されるなど、法解釈適用についての違いについて著者の安西弁護士による説明があります)についてきわめてセンシティヴになってきているという事実です。危険業務におけるいわゆるクラシカルな労災は注意していればある程度は目に留まり予防できるのだが、メンタル失調は見えないので怖いと仰る人事労務担当者の方が多いです。
一方で、少子化により生産年齢人口減少により、当然ながら相対的に一人の勤労者の仕事の負荷は増えていく傾向にあります。当医に来院する患者さんのなかにも過重労働が発病の重要な要因となっている方は依然として多いです。労働基準法の一部修正等の国会審議も継続審議のままです。60時間という数字がどこから出てきたのか判りませんが、一人歩きしそうです(労働安全衛生法では単独月100時間、複数月6ヶ月間において加重平均して80時間以上云々となっているのでバランスを取って60時間なのでしょうか。時間外手当についての除外対象を外すことについては納得なのですが)。基準法現法36条(これも改正に次ぐ改正で追記の方が多くなっています)では一応45時間という数字が節目となっていますが、特に建設セクター等から月60時間(720時間、単独月100時間がリミット)でもやってられないとの声が上がっていることからも継続審議のままなのでしょう。
無病息災という言葉がありますが、昨今では「一病息災」の方が幅を利かせています。時間外/月100時間以上で無病である人を小生は「病的に健康な人」と呼んでいますがこれは例外です。病気でも今のペースの時間外ならなんとかやって行けるとお思いであればこれは一病息災の範疇に入るでしょう。しかしこのままでは倒れること必至だが、周囲も遅くまで残って仕事をしているので自分だけ早く帰るわけにはいかない。「上司からは早く帰るように言われている」が、そうすると仕事がどんどん溜まってしまうと仰る方が非常に多い。
この上司の言葉「早く帰るように」は安全配慮義務が働いているのです。係争、事件に至らなくとも、過重労働等が背景にあり病気で倒れ療養のため出勤ができなくとすれば、その方が過失の被害者といえるでしょうが、上司の言葉に従わずにですとこの病気を悪化させたという過失に一部加担していると看成されてもしょうがありません。
繰返し申上げますが、過失相殺とは労災認定された事例等での民事賠償に関係して来る用語で、裁判所の職権事項となるものですが、会社の人事労務はこれを想定して安全配慮義務についてセンシティヴになっているのであり、健康管理上の責任の所在(病気に罹患したとして、大多数が私病扱いになるでしょうが、それでも就業上の悪影響でそうなったと考えられる場合、これを会社側に報告することは会社側の安全配慮に応えていることになります)を明確にすることになります。 実際加重労働等がもとで療養が長引き復帰できずに退職を通知され、その後も稼働能力が不十分で障害認定も下ったことで会社側の賠償責任が問われたが、原告側も病状について十分会社側に説明できていなかったことにより何十パーセントか過失相殺された事例もあります。このような係争に至った事例は単にモデルケースとして参考にすればよいだけで、過失相殺というものを尺度として、勤労者の健康管理上での応分の自己管理責任というものを意識していただくために一 筆認めた次第です。
あと一言、就業規則はことあるごとに読むようにしましょう。冊子としてお持ちでない方は、会社に一部プリント・アウトしてもらいご自宅に保管しておいてください。
ご自身の病気を会社側に告知するとなると、個人情報の開示に伴う不利益を怖れていらっしゃる方が多勢です。これまたデリケートな問題で、稿を改めて認めることにします。
(2017.06.26)


知人や患者さんから、『トピックス』『ラカン勉強会』、『院長の部屋』がどういうカテゴリーで分類され既述されているのか不得要領ではないかとご批判が有りましたので、ここで説明をして整理いたしたいと思います。
ラカン研究会は発表したものをホーム・ページの左側のコラムにその都度追加してきましたが、この枠が手狭となり『院長の部屋』へ移すことになりました。最新のラカン関係の記事は『院長の部屋』で読むことができますが、ラカン以外のものも時々認めることになります。
『トピックス』にはいろいろ書きたいことがあるにはありましたがアップすることなくさぼっていました。すいません。今回アップしたもの以外にもで患者さんのためになるニュース(テーマは医療に限りません)を中心に書いて行きます。
(2017.06.26)


2016.09.12

先回の日本ラカン協会のワークショップのテーマが4(+1)のディスクールでしたので、少なからずインスパイアされ、特にニコラ・ダジャンさんが発表なさった主人のディスクールと資本家のディスクールとの関係には大いに考えさせられ、今でも疑問はつきません。だいいち今現在資本家とはどういう人を指すのか? 日本語では自己資本、他人資本(フランス語ではそれぞれ、lepassif, l’actifです)とバランス・シートで分けられていますが、両言語どちらを取っても騙されているみたいです。このうち他人資本に相当する債券の市場は自己資本である株式の市場と比べても桁違いに規模が大きく、ジャンク債に関係してCDSなんていう「こんなのありか」、みたいな商品も現れてきていて、それが暴落することをおそれているのかどうか判りませんが、日米欧の中央銀行による量的緩和合戦(なのか協調なのか?)にマルクスどころかラカンもこれを知ったら、まったく言うこと書くことが違ってきたのではという時代になってきています。社会全体としては脱産業化は ダニエル・ベルの言っていたのとはまた違った趣を呈していて、むしろディミトロフ・テーゼのような金融資本の一般的(という部分がいまいち曖昧なのですが)危機に対する反動としてのファシズム台頭を予感させる時代になってきてます。フロン・ナショナルはファシスト党、ナチ(双方ともいうなれば中道)とは異なり自称極右ですが、構造的には似ています。ウーエルベックの「服従」がベスト・セラーになっているように、少なくともヨーロッパでは移民問題も絡んで複雑な様相を呈していると言っていいでしょう。スタンディングの書いた「プレカリアート」(副題が「新たな危険な階級」となっています)のオリジナルのカヴァーはどうみても日本の若者にみえてきます。経済格差は先進国新興国ともに共通の問題で、よく中間層の没落と説明されますが、この中間層とフランス語classe moyenneとはまったく違うもので、本当に階級と呼べるものなのかクエッションマークです。

『人は資本主義に享ずることができるのか』(原題Peut-on jouir du capitalisme ?)、第2部、試訳ですが、上記と関連したテーマを扱っています。ラカン論としてはやや破天荒なスタイルですし、言っていることに小首を傾げたくなる部分も多々ありますが、タイムリーではないかと思いアップいたしました。
院長の部屋

サイトリニューアルに際しての院長の挨拶(2016.06.13)

今般、荻本医院のwebサイトをリニューアルいたしました。
体裁だけでなくコンテンツもよりアクチュアルなテーマに即して更新してゆきます。

院長としては、ADHDについて、成人期ADHDだけでなく、子どものADHDについても視野に入れてコメントしてゆきます。今回はラカンとの関わりからアニエス・コンダの論文のレヴューをアップいたしました。
ADHDは今後、診断分類上どのような扱いになるのか計り知れませんが、少なくともDSM-5では(神経)発達障害の下位分類となっており、それでは自閉症(スペクトラム)との異同も問題として行かねばならないでしょう。自閉症については、Lefort夫妻による「‹他者›の誕生」以降のラカニアンたちの研究も追いながら、ラカン独特の表現、‹他者›、ジュイッサンス、対象(a)等との絡みでその構造を明らかにして行かねばならないでしょう。

昨年12月よりストレス・チェック制度がスタートしました。産業医活動の一環として、取り組むべきことも増えてきていますが、この領域での当医の活動についての記述がHPにおいて欠落しています。こちらも当医にとっての課題であることは意識しています。

スタッフとしてАмосенок Ирина Николаевнаが新たに加わりました。彼女の自己紹介は「荻本医院のスタッフの欄に」ロシア語で書かれています。下に日本語があります。

院長雑感

しばらく荻本医院のwebサイトのリニューアルを怠ってきました。この間、メンタル系医療の流れに対して小生が関わってきたことを少しずつ発表してゆくつもりです。まずは「成人期ADHD」について、一定の間隔をたもちながら今まで胸三寸で口にしなかった事柄をお伝えすることにします。
DSM-5がADHDを「神経発達障害」のカテゴリー内に加えたことが契機といってよいでしょう。以前からADHDのケースとは関わってきましたが、この1〜2年で受診数は激増しましたし、これからもこれは変わりないものと確信しています。自閉症(スペクトラム)についてはラカニアンの文献も豊富ですし、臨床的なものから理論中心のものまで、かなり前から眼を通してきましたので、これらも併せて小生なりの視点から紹介してゆくつもりです。

この他、昨年12月にスタートしたストレス・チェック制度についてもいろいろな角度で関わりつつありますので、これは別枠で発表してゆく方針です。いわゆるメンタル不全と労働問題との関係は依然として医療の枠を超えて説明する必要がありますので、これも折に触れて認めたものを発表してゆきます。

医薬品については小生が治療経験として比較的豊富なものは、MRの方たちからの情報は重視するとして、しかしながらこれらの情報がバイアスとなりうることを踏まえて、寸評程度にですが、小まめに私見を「胸の内を明かす」式にぽつりぽつりと呟いてゆきます。

ラカンについては当医院でのセミナー、協会で、サークルでの発表の下敷きとなったものをそのまま載せてきましたが、下敷きである以上、文章として欠陥だらけですが、これは敢えて訂正しないままにしておきます。おことわりしておかなくてはならないこととして、小生はラカニアンですが、精神分析は実施いたしません。この理由についてもなにか纏めて説明しなくてはならないでしょう。

この文が荻本医院のwebサイトに関して小生が怠惰であったことの懺悔録ではないかとお叱りを受けることとなるかもしれませんが、これからの償いによってこれを斟酌いただきたいと存じます。

人事・労務ご担当者様でメンタルヘルス顧問医をお探しの方へ

従業員の休職や復職に関するメンタルヘルス問題でお困りの企業の方より、認定産業医で専門医との顧問医契約を結ぶケースが増えております。
また、平成23年から職場検診にうつ病などの精神疾患をチェックする項目が盛り込まれる動きがあります。企業は、これまで以上にメンタルヘルスの専門家との連携が必要になってくると考えられます。

官・民および企業規模を問わず、うつ病や適応障害による休職者数は急増しており、人事担当者だけで解決することが困難なケースも少なくありません。
お困りの際は、どうぞ当院へご相談ください。
(2011/2/25)


ラカンの勉強会はLes non-dupes errentを一通り解説しましたので小休止です。10/31(日本ラカン協会のワーク・ショップでの発表を終えましたので、暫くは小生のペースで、少し自由な感じで、ブログ上にいろいろアップして行きたいと思っています。

まず、日本ラカン協会の雑誌I.R.S., no9/10 に投稿しました『Sexuationの式―Le savoir du psychanalyste の1972年6月1日のアントゥルティアンを中心に』に校正ミスがあり、朱をいれてSexuation の式に載せました。

また次号のI.R.S.に掲載予定の『ラカンと三値論理』も前稿の続きみたいなものですので、先行してラカンと三値論理に載せました。


東京精神分析サークルで昨秋発表しましたsublimationとsublimeとの関係についてはまだ纏められないままになっていますが、そのうち発表いたします。ラカンは実詞としてsublime(ドイツ語 das Erhabene)を、小生の知る限り、使っていませんが、例えばLyotard の≪Lecons sur l’Analytique du sublime≫ にはラカンからの引用もありますし、いわゆるjouissance de la Chose(これまたラカン自身はこの語を用いたことがないのではないでしょうか)との絡みでセミネール7巻や16巻D’un Autre a l’autre の読解とともになんらかのものを認める予定です。

目下読んでいるのはErik PorgeのLes Noms du Pere chez Jacques Lacanで、RSI と併せ読みとして、これも発表する予定です。


最近、スペクトラムという語が流行りともいっていいのではないでしょうか。自閉症スペクトラムに続き双極性感情障害についてもスペクトラムとして捉える精神科医が増えています。ere 社から刊行されているfigure de la psychanalyseの最近出た特集Le ≪bipolaire≫ et la psychanalyseを購入し、少し読んでみましたが、著者(KristevaやGerard Pommierの名前が見られます)のなかには、精神分析とまったく関わりのないChristian Gayみたいな精神科医も投稿しています。因にかれのタイトルはHeterogeneite des troubles bipolairesでアンチ・スペクトラム論者です。


双極性感情障害に関しては、このような水掛け論的な論争はさておいて、キンドリングという現象に着目しています。そのうち、簡単に纏めてみます。