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ラカン勉強会

(11) 1963 2 20 水曜日

ラカン不在のなか、まずWladimir Granoffが登場します。逆転移について、精神分析の歴史をひも解くと、コンパスを180度回転させたようなことが起きているとし、対象的な二人の分析家の紹介をします。まず時代的に古い順から、Barbara Lowの1935年のInternational Journal of Psycho-Analysis, vol. XVI, Part Iの「精神分析家の心理的補償」に関する論文についてです。Lowが言うには、分析家は、損害賠償金に似たものを払わないで入られないとなります。損害は次の3つの剥奪privationからなります。まず、患者の自己愛的快感を、とくに前性器期の次元において制止することです。因にこの時代はまだ、前性器期についての問題があまり取りあげられていない状況だったのです。2番目はかの女にとって極めて重要であったのですが、知的な領域での教条的確信を制止することです。3番目は、分析家にとって堪え難いことという意味でもっとも重要なのですが、分析家自身の超自我を修正することです。どういうことが起きたかというと、このことでラカンはかの女に同情的なのですが、Granoffもラカンに倣って、ハムレットを援用します。Lowのなかで、究極的なファンタスムが展開されるのです。それはちょうど劇中劇と同じようなシーンなのです。かの女はハムレットの台詞Be not too tame (Hamlet, III, ii, 14)と言っているようなものだとtameとは「飼い馴らされたようにびくびくと」と言う意味です。しかしこの台詞はその前のパラグラフのハムレットの台詞に続くもので、その台詞から、Be not too tameが逆転移に相当することが明らかにされます。そのパラグラフにおけるハムレットの台詞は、GranoffはLowの同時代の女性分析家Lusie towerの口から明かします。ハムレットは旅芸人に言います。大げさはだめだと。そして特に、I would have such a fellow whipped for o'erdoing Termagant (ibd., III, ii, 11-12)といった台詞にGranoffは着目します。ここの件の日本語訳はまちまちですが、Termagantとは野島秀勝氏の解説によるとヘロデとともに、聖書に取材した中世の奇跡劇ないし聖史劇に悪役として登場する回教のあらぶる神です。whipはむち打ち刑によって「飼い馴らす」という語義があります。「おおげさにやるんだったら、タマガントに相応しいむち打ち刑だからな」というところでしょうか。Granoffはいろいろ調べていまして、中世英国には、このような旅芸人にはこのような決まった役回がいて(ちょうどコメディア・デル・アルテと同じようなものでしょうか=小生)、Chesterwoodson PlayとかCountry Playといったものに登場していたようです。Termagantは立ち回りを演じていたのでしょう。Granoffいわく、役を超えた演技をしてしまう、完全燃焼してしまう、まさに100パーセント振る舞ってしまう、つまりMargaret Little, Lusie Towerなんですと。Margaret Littleに言わせれば、100パーセントのトータルな責任を受け持つということです。Lowは、分析主体に対して博愛的であることに喜びを見出し、それを快適な食事を摂るのと同様の喜びだと書いていますが、20年後のLucie Towerの逆転移についての論文に、同様に博愛主義的デあることに喜びを見出すはずのかの女自身が犯す行為(passge à l'acteなのでしょうかacting-outなのでしょうか=小生)が記されています。セッションの約束を破って食事にでかけてしまうのです。分析主体は怒って帰宅してしまい、一日経っても怒りが収まらず、戻ってきてTowerに噛みつき、それを口実に分析は頓挫する、というのがかの女の筋書きなのですが、分析主体はTowerの意に反して、かの女を責めるどころか極めて従順です。Margaret Littleは似たようなケースを数多く報告しています。

 Thomas Szaszは対極的です。Lowの分析に対する立場を要約すると、「分析に対するわたしの立場は、わたしは知りたがり屋だといえます。当事者なのだから当然です」となりますが、Szaszの立場は、「わたしは知る権利がある。なぜならば、あなたはわたしの持っているものを必要とするからです。それはわたしの知識です」となります。かれにとって、分析主体に対する質問は、それはわたし分析家の欲望をそそるからではなく、究極的な政治的関心ごととして質問を発するのです。この立場はアメリカ的コンテキストにあるのだというのです。力の行使に伴う満足に対する抵抗は、Szaszにとって、極端な科学的硬直性へと逃れることでその正当性を勝ち取るのです。このような禁欲的傾向を米国の保守主義的伝統に見出すことができるでしょうが、分析家が分析を楽しんでしまったら、代理親的存在として失格だからというのです。

 われわれが知っているThomas Szaszとはずいぶん違います。すくなくともラカンが宿題として提出した論文 "De la théorie du traitement psychanalytique, Int. Journ. of Psycho-Analysis, vol. XXXVIII. p.166-182.1957(Afiによる)にはそのような内容が書かれていたのでしょう。

 このあと、François Perrierにより、このSzaszの論文の説明が加わります。

 Szaszの論文に窺うことができる治療上の困難さについては、すでにフロイトの『終わりある分析とおわりなき分析』で述べられている( … )この論文を読むかぎり、フロイト自身は自己愛的籠絡には陥っていなかったようにみえるが、かれは自分の弟子たちにこの自己愛的籠絡を見て取っていた( … )『終わりある分析とおわりなき分析』では、死の本能instinct de mort1)の問題がはっきりと輪郭を示しているからであり、この問題が、この年のセミネールでラカンが述べる、欲望の問題意識へと受け継がれていると言います。
 Szaszへの批判は、これが自我心理学が陥る過ちを代表するものだとして、精神分析が目指すのは、科学、それも厳密科学とする点にあると言います。さらに、分析における治療とは、科学的なunderstandingへと患者を導くことだとする点を糾弾し、精神分析が医学である精神医学へと吸収され、精神分析独自の領域を亡きものにする危険を孕んだ傾向を読み取ります(Perrierはまさに、今日の、特に米国における、精神分析と精神医学との関係を予見しているといえます。いわゆる認知行動療法も、自我心理学の成れの果てなのですから = 小生)。Szaszは、精神分析をチェスにも譬えます。二人のプレーヤーはチェスのルールに従ってゲームを展開させますが、この譬えにしたがえば、分析家と分析主体は、分析のルール(そんなものは存在しませんのに)に従って、治療とはこの(ありもしない)ルールに内在する目標というものが(予定調和的に=と小生は読めます)既定されていると看做していると言うのです。分析家と分析主体はゲームの規則の総体に全面的に従うことになりますが、問題はゲームがそれ自体に同一性をもっているという点にあります。規則は多くの禁則を設けます。この禁則の制約のなかにおいては、ゲームを勝ちに導くのは、いかに完璧に一手を打つかで決まります(詰め碁とか詰め将棋みたいにです=小生)。でもそれは「規則がある」という一語にすべて還元されてしまいます。それでも、そのゲームにも自由があるとSzaszは言います。その自由は選択の自由であるが、そのような境地に達するには?情緒的成熟、パーソナリティーの健やかな発達、… Perrierは、Szaszはいくつかの解消されていない問題があるという事実を吐露しているとも指摘しています。構造的変革が必要なのでは?人間相互間での調和を得る必要があるのでは?よきコミュニケーションを目指さねばならないのでは?主体が社会へうまく適応することを達成しなくてはならないのでは?このような愚言は耳にたこができるぐらい聞き飽きた、とPerrierは強調します。Szaszからすれば、分析の目標は的に当てることfaire le moucheとなります(フロイトでさえ「夢の臍」について語っているのに=小生)。そして精神分析は、科学の定式よろしく、つねに進化する真le vraiであり、自我はそれを語るC'est moi qui parleということになってしまいます。(ラカンはTélévisionの冒頭で言いますよね、Je dis toujours la vérité …(この間の沈黙、hésitationみたいなものがあるように思わせ、われわれに一瞬、緊張感を与えます。一流の演奏家が音ではなく、音の空白、沈黙で音楽そのものの不在をより音楽の根源として聴かせるそれです。そして再び始めます)pas touteと。désirとjouissanceとのあいだに横たわる深淵に思いを馳せましょう。

1) 死の本能と死の欲動pulsion de mortとの違いについては、ラカンは明確な区別をしていたのか、小生は、今のところ、これはというパッセージに巡り会ったことがありません。一般的に、ラカンはinstinctという用語を退けたと言われていますが、初期のセミネールにはinstinct de mortという言い方を散見できます。Deleuzeはサドがいう自然の破壊的傾向にも、二種類あり、Klosovski(cf. Sade Mon prochain, Seuil)のいう部分的過程としての否定négation comme processus partielと全的否定négation totaleを受けて、前者をpulsion de mort後者をinstinct de mortと区別しています(v. Présentation de Sacher-Masoch - Le froid et le cruel, Les éditions de minuit, p.29)

 Perrierの話は続きます。すばらしい発言です。V. M.にこの部分が削除されているのは不当です。それにしても、Szaszのその後の人生とはいったいなんだったのでしょう。まさに恥の上塗りというべきか、正直な人だったというべきか。オポーチュニスとの域にも達してはいません。いずれにしても反精神医学の道に進むならば、口をつぐんで行動だけを示せばよいのに、二流、三流のフーコーになってしまって、やはり哀れというしかありません。(2008/01/18)